東北地方太平洋沖地震において被災された方々に、
心よりお見舞い申し上げます。
3月11日の東北地方を襲った大地震は想像を絶する、言葉を失う災害でありました。こうして文字に表すことさえ更に惨状を刻印するようで、辛い痛ましい出来事でありました。而も連動して長野県北部から新潟県十日町にかけての地震さえ発生しました。
北関東から東北地方、さらに信州から新潟にかけては、山麗しく水清き地域が広がります。古来より神仏習合の中から生まれた民俗芸能の伝承も多い地域です。神社や農家に変わった旧修験の縁故者も沢山おられます。おそらく神仏霊場会会員霊場の皆様の崇敬者やご信徒、神社・寺院に繋がるご縁の方々、大小に関わらず被害を受けられた方は枚挙にいとまがないと思います。
家を失っただけでなく経営していた田畠を失い、漁労についていた人々は船を失い、生活基盤、復旧回復の見込みの立たぬ状況。思うだに辛く悲しいことです。日本の国の経営基盤が傾く程の大災害に対して、私たちは心を引き締め、改めて己が生き方を省みる必要があるでしょう。
電気がある地域の計画停電が実施されました。実施運用の方法にあたって、問題も出ましょう。しかし慎ましくエネルギーを使い、助けあう智慧・こころを持つことです。間接的であれ、直接であれ、他人事でない眼差しと、行動が復興への第一歩であることは間違いありません。
被災された方の一日も早い復旧と心身の安泰を神仏に祈り、亡くなった方の冥福を祈念しています。暫くは念じ、祈り、弔う日が続くでしょう。
神仏霊場会の皆様方、共に念じ祈って下さい。と言う思いを持っております。
私たちがいま出来ることは神仏に加護と慈悲を願い、救いを念ずること、それが復興へ一分の力をよせる思いに繋がることでしょう。
神仏霊場会会長 加藤 隆久
![]()
人は、この世に生を受けて後、人生の終わりの瞬間を迎えるまでにいったい幾たび手を合わせ、神に願い仏の加護を祈ることでありましょうか。一つの答えとしては、その無限の繰り返しによって人は自ら与えられた時を刻み続けるのだといえます。私たちの心が、大いなるものすなわち“Something Great”の助けを求める中で、自ずと表れる“あるがままの姿”こそが祈りの姿なのかもしれません。ここで、皆さまへのご提案です。混沌とする世情や不安や悩みを祈りや感謝と共に神様仏様に預けてみませんか。自然や森と共生する神仏霊場を訪れる試みは、必ずや皆さまの心を豊かにし、安寧に導いてくれるはずです。神様は何所にいらっしゃるのか、その姿をけっして現してはくれません。仏様は衆生の何を見つめているのか、言葉に託して教えてはくれません。でもそこかしこに居まし、私たちの全てを観ていらっしゃることは確かです。だからこそ大いなるもの(サムシンググレート)なのです。自然の全てに神様の姿を見出してきた日本の精神文化は、仏様の来日で新たな祈りの活路を拓いてきました。一切衆生の救済という仏様の教えが容易に受け入れられた背景には、生きとし生けるものの中に神様の姿を見てきたからでありましょう。ここに神仏霊場会、神仏和合の源があるともいえます。
清きにして明るく、正しきにして直(なお)き神様。
広大無辺な慈悲の心で、衆生をお救いなさる仏様。
このような神仏の精神を身に受け、新たな力を得て、世のため人のために尽くした果てに、やがてたどり着くのであろう魂の安らぎ。その約束の地への「心の道」こそが神仏霊場巡拝の道に他なりません。さて皆さん。“今”“この時”“この瞬間”に芽生えつつある自分の内なる小さな信仰心を大切に、神仏霊場に自らを誘ってみてはいかがでしょうか。それはやがて大きな、大きな“Something Great”との出会いへとつながることでしょう。
見えるばかりが世の中ではありません。言葉に託されないからといってメッセージが無いわけではありません。自分の中に答えを出してくれる大いなるもの(サムシンググレート)との出会いが、神仏霊場巡拝の道には待っています。その一つ一つが重なり合って、安らけき国の姿や社会の安寧、世界の平和がこの地上に訪れんことを……。
神仏霊場会会長 加藤隆久 生田神社宮司
![]()
![]()
![]()

















